スタッフブログ
2016年04月13日 (水) 日常

桜の季節も過ぎ、新緑がきれいな季節になってきましたね。

こんな時には、お散歩に出かけたくなるもの。

 

 

横浜能楽堂の建つ、横浜市西区では、「にしくまち歩きマップ」を配布し、

おすすめのお散歩スポットなどを紹介しています。

 

http://www.city.yokohama.lg.jp/nishi/nisi-sanpo/

 

また、「西区まち歩きアプリ」という、西区のキャラクター「にしまろちゃん(ゆるきゃらグランプリ2015で754位・・・)」がおすすめスポットを訪れると日記を書いてくれるアプリも開発されているとのことで、横浜能楽堂でも日記を書いてくれるとのウワサです。
5月頃に本格リリースとのことですので、ぜひダウンロードしてみて下さい。

 

 

さて、今回は横浜能楽堂おすすめのお散歩スポットのご紹介。

 

 

「謡蹟」とよばれる謡曲ゆかりの史蹟は全国にありますが、西区にもあるのです。

 

 

それが「伝 御所五郎丸墓」。

 

 

横浜能楽堂から京急・戸部駅方面に向かって歩いて行き、戸部小学校入口の次の信号を右折したところにあります。

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御所五郎丸は能「夜討曽我」に後ツレとして登場し、工藤祐経を討った曽我五郎に女装姿で近づき、後ろから羽交い絞めにしてひっ捕らえる人物です。曽我兄弟からすると敵役として描かれていますが、一説には曽我兄弟を工藤祐経の寝所に導き、本望を遂げさせた人物とも伝えられているそうです。

 

 

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おなじみの謡曲史跡保存会の立札も

 

その他の能には登場しないようですが、歌舞伎の「御所五郎蔵」に登場する御所五郎蔵の名前は、御所五郎丸に由来するそうです。ちなみに本名題は「曽我綉侠御所染」なので「曽我物」の扱いになっています。

 

 

私が訪れた時には、丁度、近所の方がお参りをしていました。地名も御所山町ですし、地元に因む人物として大切にされているのだなぁと感じました。

 

 

昨年は、ラグビー日本代表の五郎丸選手が注目を集めましたが、横浜能楽堂にお越しの際は、(ハマの)五郎丸ゆかりの地を訪れてみてはいかがでしょうか?

 

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2015年08月24日 (月) 未分類

横浜能楽堂でこのたび高校生1年生のお二人を職場体験として受入れました。

公演の助っ人として活躍してくれた彼女たちが、今回ブログを書いてくれました。

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こんにちは。

夏休みも終盤に入りました。皆様、いかがお過ごしですか。

 

8月8日に横浜能楽堂で行われました「夏休み親子能楽ワンダーランド」!

実は、私たちは職場体験として横浜能楽堂のお手伝いをさせて頂きました。

 

 

まずは、「体験しよう!」

開場時、受付やパンフレットのお渡しを体験させて頂きました。様々な公演でも見かける、会場に入ってすぐお客様を迎える役目を一度やってみたい!と昔から憧れに思っていた私たちは、とてもワクワクしながら、させて頂きました。

一方、子どもたちは、太鼓や笛などのお道具を実際に触れてみて、初めてで不安げながらも楽しそうな様子でした。

 

つづいて、「殺生石の正体を探れ」

これは、「体験しよう!」と本公演との間の時間を楽しく過ごしてもらえるように考えられた、能「殺生石」にまつわるキーワード集めのゲームです。

私たちは『水は秘密を浮かび上がらせる』というヒントのもと集まった子どもたちと、水の浮き出しをしました。

IMG_0264

<体験中です!>

 

紙を水の中につけたら文字が見えてきた!

子どもたちもお父さんお母さんも私たちもビックリ!

なぜでしょう???

 

その原理は、薄い紙にロウで文字を書くとそのままでは何も見えないのに、水につけるとロウが水をはじいて文字が浮かび上がってくるのです!

 

子どもたちが楽しんでいる様子を間近で見られて、私たちもとても楽しかったです。

 

 

そして、公演が始まりました。

始めに七拾七年会の方々による、ミニワークショップがありました。

能の謡や太鼓などを客席で手を使いながら、皆で体験できました。

今までは、役を演じている方を主に観ているばかりでしたが、とても楽しく、分かりやすいご説明もあったので、体験したお道具に着目したり、今までとは違う視点で鑑賞することができました。

 

 

そして今日は職場体験2日目として、横浜美術館で「蔡國強展:帰去来」を観てきました。

 

鑑賞に先立って広報担当の方から展覧会を開催するにあたっての流れなどの詳しい説明を伺いました。

展覧会を多くの人に知って見に来てもらうために、色々なかたちで様々な人とコミュニケーションをとりながら、できるだけのことをされてきたと思うと、チラシを配って作品を展示するだけではなく、作品の魅力を理解することも必要なことだと思いました。

 

蔡國強さんの作品は力強く、魅惑的で、火薬を使った作品を作る際の映像を見たときには、爆破の脅威に圧倒されました。

また、なんといってもオオカミのレプリカによる「壁撞き」はリアルで今にも動き出しそうでした。99匹もいるのに、1匹も同じ顔や姿の物はなく、とても驚きました。

 

 

今回の職場体験では多くの事を学ぶことができました。

中でも、公演というのは、舞台に立つ方はもちろんですが、その1つの公演のためにされてきた、企画や構成、その他たくさんの工夫や考え、思いに支えられて、作り上げられているということを実感できたと思います。そのような表には見えないものこそ大切だと、改めて気づきました。

また、職員の方から、公演の企画やその裏側にある様々な思いなど貴重なお話を伺うことができました。

この経験を忘れず、これからも色々なことを体験しながら、成長していきたいです。

貴重な経験をさせて頂き、感謝しております。ありがとうございました。

 

また公演を観に行きたいです!                     Peach Eye

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Peach Eye さんたち、どうもありがとう!

またぜひ公演を観に来てくださいね!

(RDZV2015)

2015年07月29日 (水) 未分類

皆様、こんにちは。

あん娘です。

出勤時に横を通る小学校から、朝の歌声が聞こえないなぁ~と思ったら、

学校はもう夏休みなのですね。

皆様は、いかがお過ごしですか?

 

 

私は、梅雨が涼しかったぶん、暑さになかなか体がなれません。

道を歩いていても暑い…部屋にいても暑い…何をしていても暑い…涼しいところへ避難したい!!

ということで、避暑地の栃木県那須町へ行ってきました。

 

那須には、能の題材にもなっている『殺生石(せっしょうせき)』と呼ばれる岩があるのをご存知ですか?

東京から新幹線で那須塩原へ。ここでJRに乗り換えて1つ目の駅・黒磯駅で下車します。

横浜とは違い涼しさを感じます。さすが避暑地!!

その黒磯駅からバスで湯本温泉街へ行くと、湯川に沿ったところに草木も生えない荒涼とした場所があります。

 

そこにあるのが、伝説の史跡『殺生石』です。

史跡「殺生石」までの道

この橋をずっと進んでいくと、一番奥に『殺生石』があります。

 

 

ここで少し殺生石の伝説をご紹介。

むかしむかし、九尾の狐は、中国・インドと渡り悪行を尽し、ときの朝廷に危害を加えてきました。

時は平安時代、鳥羽上皇が政治を行っていたころ、一人の女性が宮中に現れます。

その女性は、とても美しく賢かったので、「玉藻の前(たまものまえ)」と名付けられ、上皇に仕えていました。しかし彼女が上皇の近くにいるようになってから、上皇の様子がおかしくなってきたのです。心配した家来たちは、陰陽師の安倍泰成(あべのやすなり)を呼び、占ってもらうと、玉藻の前の正体は九尾の狐だと言います。

泰成は、上皇を助けようと玉藻の前と戦います。対決に敗れた玉藻の前は、九尾の狐の姿となり那須野へ逃げて行きます。

逃げて行く九尾の狐を武士たちは追いかけていき、遂に神から授かった弓矢で狐を射止めたのでした。

しかし、九尾の狐の怨念は強く、大きな石となり近づく村人や動物、空飛ぶ鳥までも猛毒を放って殺し続けます。そこへ九尾の狐を退治しようと名僧の玄翁和尚がやって来ます。玄翁和尚が石に向かって一心にお経を唱えると、一筋の白煙とともに玉藻の前が現れますが、やがて姿は消え、石は3つに割れて飛び散りました。

因みに、この殺生石を割るときに、玄翁和尚は槌を使ったとも言われ、大工道具である金槌を「玄能(げんのう)」と呼ぶのは、この故事に由来していると言われているんですよ。

 

 

その3つに割れた石の1つが、こちら。

史跡「殺生石」

たくさんある石の中で、しめ縄のあるものが『殺生石』です。

 

 

 

『殺生石』の周辺には、柵があって近づけません。

殺生石の立入禁止看板

「立入禁止」の看板が、大きく掲げられています。

今でも九尾の狐の怨念が残っているのでは…?と思ってしまう雰囲気です。

 

 

横浜から約3時間。

少し移動しただけで、涼しくもなり、日ごろとは違う景色を味わいました。

でも能が作られた室町時代、旅に出るということはとても大変なことでした。

電車も飛行機も車もなく、徒歩で移動しなければならない時代。

当時の人々は能を見ることで、その土地の風景を想像し、楽しんでいたそうです。

 

休日のご予定が決まっていない皆様、

なかなか遠くには出かけられない皆様、

能楽堂で、日本中を旅してみてはいかがでしょうか。

 

 

今回ご紹介した『殺生石伝説』を題材にした能が8月に上演されます!

能「殺生石」は、玄翁和尚が登場するところから、物語が始まります。

石に祈る場面が見どころ!さて、玄翁和尚の祈りは届くのか?!

他に小学校6年生の国語の教科書にも掲載されている狂言「柿山伏」も上演いたします。

鑑賞+能のリズムを体験できるミニワークショップと能の解説付き。

親子の皆様だけでなく、能楽初体験の大人の皆様もお楽しみ頂ける内容です。

 

8月8日(土)午後2時開演

横浜能楽堂普及公演「夏休み親子能楽ワンダーランド」

詳細はこちら

能「殺生石」の上演写真

能「殺生石」(観世流)武田文志 撮影:前島吉裕

 

あん娘

 

2015年07月01日 (水) 未分類

熊野には本宮、新宮と呼ばれる速玉大社、そして那智大社の3つがあり、その3つを合わせて熊野三山と呼ばれています。

4年前、その三山と熊野古道を訪れる予定だったのですが、まさにその時に「紀伊半島大水害」と呼ばれる災害が起こったのです。那智大社だけ雨の中お参りし、鉄道が動かなくなる前に帰ろう、と志半ばで帰ってきました。

今回、4年前のリベンジで熊野本宮の例大祭に行ってきました。熊野本宮の例大祭は毎年4月13日から15日にかけて行われます。

 

1日目は、湯登神事(ゆのぼりしんじ)という行事が行われ、神職、修験者、伶人(神楽人)、氏子総代、稚児の一行が、熊野本宮大社を出発し山を登り、湯の峰温泉を目指します。湯の峰温泉まで行くと温泉で身を清め、湯の峰王子という地点で八撥神事(やさばきしんじ)という神事を行い、また山を下ってきます。そして今度は大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる元々熊野本宮大社があった場所に帰っていきます。

私は八撥神事から参加したのですが、雨のため屋外で執り行われるはずだった八撥神事が、湯の峰温泉の宿の宴会場で行われていました。神秘的な感じもなくなってしまい、少し残念に感じましたが、雨の中では屋外で行うのは大変なのでしょうがないことですね。。。

その後雨が小降りになり、一行が大斎原に入っていく姿は美しく、母なる土地に戻っていくような、一行が包み込まれていくような感覚を覚えました。

おおゆのはらへ

 

2日目は内部のお祭りのようだったので、パスして雨の中でしたが、新宮と神倉神社までお参りに。神倉神社はゴトビキ岩と呼ばれる巨大な岩をご神体とした神社。松明を持って石段をかけ下りるので有名な御燈祭の会場となるところです。

 

3日目は、メインの本宮祭と渡御祭(とぎょさい)という本宮から大斎原まで列をなして練り歩くというお祭り。そして大斎原では、神様にいろんな舞を奉納していきます。

 

なんとその日の朝までくもり空だったのに本宮祭を始める時間になると、空が晴れ渡り、快晴となりました。これにはそこに居合わせたみんなが驚き、それこそ神に感謝といった感じでした。

本宮祭では、神職の方々が神様にお供え物を運び祝詞をあげると、氏子の人々が次々に玉串を奉納していきました。そしてそれが終わると、参列していたその他の人にも玉串を奉納できる機会がありました。私も普段開放していないご社殿の中に入らせて頂き、玉串を奉納してきました。めったにない機会にとても幸せな気分になれました。

 

本宮祭が終わり、午後には渡御祭が催されます。渡御祭の時間が近くなり、本宮の石段を降りた鳥居の横に大きな旗も掲げられると、いよいよ一行が下りて来るころかと気持ちが高まります。

本宮の鳥居と大きな旗

 

そして、始まりました。一行が本宮を出て、石段を下りてきました。

石段を下りてくる一行

宮司さんを先頭に、氏子総代の方、露払いの天狗と列をなして下りてきます。

そして、山伏たち、大和舞を舞う男の子たち、巫女(役の子供)や、稚児、御神輿を担いだ子どもたち、男たち、女たちが続きます。1日目から人数が増えて巨大化した行列は大斎原に進んで行きます。

 

そして大斎原に到着すると、御神輿に乗せてきた神様の前で大和舞、巫女舞、稚児舞などを次々に舞を奉納していきます。その様子は華やかで、きっと神様も楽しんでいたことでしょう。

 

↓これは巫女舞。小学生か中学生の女の子たちがかわいく舞っていました。

巫女舞

↓これが稚児舞を舞う直前。稚児の子供たちとお父さんが出番を待っています。

待っている間に寝てしまう子、泣き出しちゃう子もいて、お父さんは大変そうでした。。。

稚児とお父さん

舞の奉納が終わると、余興的に山伏の護摩焚き、餅投げが行われました。

おうちに帰れなくなるからと、その辺で失礼してきました。

 

さすが古から聖地として崇められてきた土地だけあり、神秘的だったり、とても気持ちのよい景色が広がったりと、そこからいい気をたくさん頂けたように感じました。

今回は熊野古道を歩けなったので、次の機会には熊野古道を歩きたいと思います。

 

ぼたん

2015年06月05日 (金) 未分類

ヨメ:「○○と居ると、とても癒されるね!」

※○○(○○は我が家の犬の名前)

A

ショウセイ:ムムム・・また何か企んでいるな!?

ヨメ:「子供と泊まりの旅行を計画しているので留守番よろしく!」

ショウセイ:ついにまた来た!

覚悟の上とは言えいつも涙・涙・・・。

 

※○○に対しては、一年365日(うるう年もありますが・・)

朝晩の食事を与えることと、つねにお水の用意そして一日2回の散歩は必須。

 

ヨメ:「○○は家族同然なのだから頼むね!」

ショウセイ:都合の良い時、その言葉よく出る~

 

―数日後、旅行から帰宅 ―

 

ヨメ:「ただいま。○○の面倒ちゃんと見てた?」

ショウセイ:「もちろん!」

コドモ:「とても楽しかったよ!」

ショウセイ:「そりゃ、そうだろう!」

こっちは、いつものように静かに留守番。

ヨメ:「何かお土産と思ったけど良いものが無くて買ってこなかったわ。」

または「買う時間が無くて買えなかったごめん!」

ショウセイ:またいつものことか!

「良いよ。気にしなくて!」

(毎度のこととは言え、トホホ・・・。

でも、たまに地酒300mlとおつまみを買ってきてくれたこともあったかな。)

B

この会話、今まで十数回を繰り返している~。

ヨメから癒しの言葉が出たら要注意!!(ああ怖い・・・)

留守番の思い出だが、今後も続くと思う今日この頃。

 

ターニヤ

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横浜能楽堂
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