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2015年07年29日 (水) 未分類
旅日誌 at 殺生石!

皆様、こんにちは。

あん娘です。

出勤時に横を通る小学校から、朝の歌声が聞こえないなぁ~と思ったら、

学校はもう夏休みなのですね。

皆様は、いかがお過ごしですか?

 

 

私は、梅雨が涼しかったぶん、暑さになかなか体がなれません。

道を歩いていても暑い…部屋にいても暑い…何をしていても暑い…涼しいところへ避難したい!!

ということで、避暑地の栃木県那須町へ行ってきました。

 

那須には、能の題材にもなっている『殺生石(せっしょうせき)』と呼ばれる岩があるのをご存知ですか?

東京から新幹線で那須塩原へ。ここでJRに乗り換えて1つ目の駅・黒磯駅で下車します。

横浜とは違い涼しさを感じます。さすが避暑地!!

その黒磯駅からバスで湯本温泉街へ行くと、湯川に沿ったところに草木も生えない荒涼とした場所があります。

 

そこにあるのが、伝説の史跡『殺生石』です。

史跡「殺生石」までの道

この橋をずっと進んでいくと、一番奥に『殺生石』があります。

 

 

ここで少し殺生石の伝説をご紹介。

むかしむかし、九尾の狐は、中国・インドと渡り悪行を尽し、ときの朝廷に危害を加えてきました。

時は平安時代、鳥羽上皇が政治を行っていたころ、一人の女性が宮中に現れます。

その女性は、とても美しく賢かったので、「玉藻の前(たまものまえ)」と名付けられ、上皇に仕えていました。しかし彼女が上皇の近くにいるようになってから、上皇の様子がおかしくなってきたのです。心配した家来たちは、陰陽師の安倍泰成(あべのやすなり)を呼び、占ってもらうと、玉藻の前の正体は九尾の狐だと言います。

泰成は、上皇を助けようと玉藻の前と戦います。対決に敗れた玉藻の前は、九尾の狐の姿となり那須野へ逃げて行きます。

逃げて行く九尾の狐を武士たちは追いかけていき、遂に神から授かった弓矢で狐を射止めたのでした。

しかし、九尾の狐の怨念は強く、大きな石となり近づく村人や動物、空飛ぶ鳥までも猛毒を放って殺し続けます。そこへ九尾の狐を退治しようと名僧の玄翁和尚がやって来ます。玄翁和尚が石に向かって一心にお経を唱えると、一筋の白煙とともに玉藻の前が現れますが、やがて姿は消え、石は3つに割れて飛び散りました。

因みに、この殺生石を割るときに、玄翁和尚は槌を使ったとも言われ、大工道具である金槌を「玄能(げんのう)」と呼ぶのは、この故事に由来していると言われているんですよ。

 

 

その3つに割れた石の1つが、こちら。

史跡「殺生石」

たくさんある石の中で、しめ縄のあるものが『殺生石』です。

 

 

 

『殺生石』の周辺には、柵があって近づけません。

殺生石の立入禁止看板

「立入禁止」の看板が、大きく掲げられています。

今でも九尾の狐の怨念が残っているのでは…?と思ってしまう雰囲気です。

 

 

横浜から約3時間。

少し移動しただけで、涼しくもなり、日ごろとは違う景色を味わいました。

でも能が作られた室町時代、旅に出るということはとても大変なことでした。

電車も飛行機も車もなく、徒歩で移動しなければならない時代。

当時の人々は能を見ることで、その土地の風景を想像し、楽しんでいたそうです。

 

休日のご予定が決まっていない皆様、

なかなか遠くには出かけられない皆様、

能楽堂で、日本中を旅してみてはいかがでしょうか。

 

 

今回ご紹介した『殺生石伝説』を題材にした能が8月に上演されます!

能「殺生石」は、玄翁和尚が登場するところから、物語が始まります。

石に祈る場面が見どころ!さて、玄翁和尚の祈りは届くのか?!

他に小学校6年生の国語の教科書にも掲載されている狂言「柿山伏」も上演いたします。

鑑賞+能のリズムを体験できるミニワークショップと能の解説付き。

親子の皆様だけでなく、能楽初体験の大人の皆様もお楽しみ頂ける内容です。

 

8月8日(土)午後2時開演

横浜能楽堂普及公演「夏休み親子能楽ワンダーランド」

詳細はこちら

能「殺生石」の上演写真

能「殺生石」(観世流)武田文志 撮影:前島吉裕

 

あん娘

 

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