スタッフブログ

2019年06月04日 (火) 日常

狂言と古代ギリシャ喜劇その②

横浜能楽堂では2019年3月から8月まで、ギリシャからのインターン、フィリポス・モスハトスさんを受け入れています。主催公演開催時はパンフレット配布などのお手伝いをしてくださっていますので、既に皆さんにお会いしているかもしれません。フィリポスさんはアテネ国立大学演劇学部の学生で、近代日本演劇の研究をしています。日本文化に興味を持ち、2014年から国立大学の言語学校で日本語の勉強を始めました。

フィリポスさんが来日以降に日本で観た演劇や、さまざまな文化について感じたこと、考えたことなどをこのブログで紹介してもらいます。今回はその2回目です。なお、文章については本人が書いたものをそのまま掲載しています。とても積極的に日本語でインターンとして活躍してくれていますので、きっと8月頃にはもっと日本語が上手になっていると思います。8月までの連載ですが、どうぞお楽しみに!

 

 

サテュロス民族。ディオニュソス神を崇拝する半ヤギの人間 (Filippo LAURI, Rome 1623-1694
A Bacchanale, with offerings strewn around a statue of the god Pan 公有写真)

 

喜劇の種類

サテュロス の仮面 (公有写真)

 

皆さん、お久しぶりです!前の記事を続けて、今度の記事には古代ギリシャ喜劇と狂言の種類を調べます。狂言については7ぐらいの種類があります(例:太郎冠者狂言、神狂言と大名狂言)て、その種類の差は内容と人物と状況の差です。ギリシャ喜劇には、三つの種類がありますが、その種類の中の差は時代的です。その種類はアッテイキ喜劇(アッテイキ県に基づいて、アテネ市の県. 486-400 BC)間喜劇(400-320 BC)と新喜劇 (320-120 BC)細かいことちょっと複雑が、基本的に時間が経つに連れて喜劇のテーマは薄くなった。例えばアッテイキ喜劇に、内容はもっと政治的でしたが、新喜劇が来る時に内容はもっと個人的になった。簡単にいえば、間喜劇と新喜劇は神狂言と太郎冠者狂言の同じです。でもその種類以外もう一つの種類があった:サテュロス劇

 

サテュロス劇はだいたい間狂言と同じの機能があった。前の記事「大ディオニスイア」と言う祭りに、悲劇の間にこの特別のサテュロス劇は俳優さんを演技した。さらに、内容はすごく面白かったでした。悲劇の既存の伝説では、サテュロスの民族はメインストーリーを侵略し、キャラクターを悩ませます。残念ですけど、このドラマの残りのはただ1本、エウリピデスの「キュクロプス」です。創造すれば面白いと思います:ある神話はうまくいくと、神話のキャラクターサボっていきなりサテュロスの民族現れると皆いじめ始まる。もちろん、古代ギリシャだから、そのサテュロス劇の終わりはちょっとエロでした。それは間狂言のもう一つの差です。でも古代ギリシャも中世日本にもかんがいかた同じでした:複雑の悲劇・能を表するなら、その悲劇・能の間に楽しくておかしい芝居を演技したほうがいいです。どんな大陸もどんな国にも、人間の生活の中で笑いは不可欠で。

 

奇妙な特徴:パラバシス

2017年ギリシャ国立劇場の「平和」。演出家:コヌスタンチノス・アルヴァニタキス。平和の女神は亡くなったと、主人公は取り戻した。カブトムシで。(写真:ギリシャ国立劇場報道官)

 

ギリシャ喜劇には、一番面白くて独特な特徴は「パラバシス」と言う特徴です。ギリシャ語にはパラバシスの定義は「何かを克服する」て、正にその通りです。芝居のある時点で、主人公は立ち止まり、喜劇が触れる政治的またはイデオロギー的問題について直接観客に話します。 その後も芝居続く。そのように、古代ギリシャの喜劇の著者と近代ギリシャの出演者はじぶんのイデアと考えを表することが出来ます。これは、何よりも、一番の狂言と古代喜劇の差と思います。

この「パラバシス」で、なんの世紀も何の先代も、古代ギリシャ喜劇を演技すれば、現代の観客に時代の問題を完全に示すことができます。それが、狂言が室町と江戸時代の過去の雰囲気尊敬して保持している一方で、現代の古代ギリシャの喜劇は常に現在を見据えている理由です。

 

あとがき:どうしてセリフ劇?

 

西洋人として、前から狂言は少し不思議でした。疑問はただ一つ:どうして狂言はセリフ劇ですか?西洋の世界演劇に、古代喜劇からはだいたい音楽と一斉にやる演劇のジャンル。笑いは音楽と踊りを伴いますが、狂言は踊りますが音楽も華やかさも欠けています。私は少し偏っているかもしれないことを理解しています。古代喜劇でやっぱり演劇はいつも結婚式とごちそうで終わります。だってギリシャ語に従って、コメディの語源「コモス」(パーティー)と「オヂ」 (歌)。世界演劇。もちろん、セリフがありますけど、音楽は重要な要素です。すなわち、一所懸命に人生を祝う芸能です。でも、も一回、少し偏っているかもしれません。多分もっと高揚感なタイプの喜劇に慣れてきた。

これから能と狂言もっと理解できるのために、お勉強します!

2019年05月05日 (日) その他

狂言と古代ギリシャ喜劇その➀

横浜能楽堂では2019年3月から8月まで、ギリシャからのインターン、フィリポス・モスハトスさんを受け入れています。主催公演開催時はパンフレット配布などのお手伝いをしてくださっていますので、既に皆さんにお会いしているかもしれません。フィリポスさんはアテネ国立大学演劇学部の学生で、近代日本演劇の研究をしています。日本文化に興味を持ち、2014年から国立大学の言語学校で日本語の勉強を始めました。

フィリポスさんが来日以降に日本で観た演劇や、さまざまな文化について感じたこと、考えたことなどをこのブログで紹介してもらいます。なお、文章については本人が書いたものをそのまま掲載しています。とても積極的に日本語でインターンとして活躍してくれていますので、きっと8月頃にはもっと日本語が上手になっていると思います。8月までの連載ですが、どうぞお楽しみに!

 横浜能楽堂

 

著者です。桜の満開中。

初めまして、こちらは横浜能楽堂の新しいインターン、フィリポスです。よろしくお願いします!日本文化経験するため、3月から㋇まで日本とヨーロパの演劇文化について、小さな記事を書くことをかんがえました。理由は二つ:一つは日本語を向上したかった。そして、二つの理由は、インターンシップ始まったから、色んな能と狂言見学しましたと、「やっぱり古代ギリシャ悲劇と喜劇の類似点が相違点と同じぐらい多いことね」と気が付いた。これらの記事を通して、私の考えを解読することを試みます、そしてそれらを読んでいる人々がその日本の対応関連で古代ギリシャとヨーロパの演劇文化について、もっと学ぶことをこの過程を通して望みます。

 

 

社会的側面

アテネ。現在ディオニューソス劇場、悲劇と喜劇生まれた場所。(公有写真)

比較する前、喜劇と狂言の時代を考慮しなければなりません。500bcのアテネに、喜劇と悲劇は市民の趣味でした。「大ディオニスイア」と言う祭りに、全部の市民(2000人ぐらい)3月の終わりに集まると、朝日7時から夕日まで有名な詩人による演劇を見ることです。市の裕福な商人貧しい人のきっぷと俳優の費用を支払いました。名誉とみなされた。女や子供やそして外国人も見学することができた。なぜなら、演劇は教訓的な目的を念頭に置いていた。

喜劇の俳優はみんな男子(能楽と狂言の同じ)でも普通の市民でした。特別演劇かたはなかった。詩人は先生でしたと。毎年新しい俳優に喜劇とか悲劇の語りと歌い教えた。能楽と狂言比べたら確かに類似点と相違点があります。でも根源的に、ギリシャの喜劇は民族のため演技した。狂言は貴族の芸術。これに従って、狂言の演技方は今までも大体同じです。残念ですけど古代ギリシャの演技方と語り方と謡かた誰にもしらない。これに起因して、現在の演出家は自分のスタイルでその喜劇作ることができる。彼らが衣装と歌と演技も望むことをすることができます。ギリシャでは、全ての公演を通して、それぞれの監督は自分のビジョンと伝統を生み出しますが、日本では方向性の問題ではなく、形式の完成度の問題です。

 

同じ劇場けど、古代時代の形。(公有写真)

 

2018年アリストパネスの「鳥」。演出家:ニコスカラサノス。曇の上の理想的な町に鳥と人間は戦争無しで暮らしている。(写真:in.gr)

 

内容の話:詩人と話題

古代ギリシャ喜劇の一番有名の詩人(実は古代時代残りの詩人)の名前はアリストパネスです。今まで、特に毎夏休み、彼らの戯曲演技されています。5世紀に生まれた、彼らは人生に94の戯曲を書いた、そのうちの11だけが救われている。最近のげき、「アカルナイの人々」425BCで行われで、最後のげき、「福の神」は388BCで行われた。彼の戯曲はギリシャの内戦の最中と終わった後に書かれ、都市国家間の平和を訴えながら、人々(政治家や将軍たちや)状況を飽きさせます。

 

アリストパネス (公有写真)

 

古代時代から残り唯一の喜劇著者、例としてかれを使います。その人たった一人だけ西洋の喜劇の基礎を築きました。ロマンの喜劇、文芸復興の演劇、さえもシェイクスピアの喜劇、そのものの原因はアリストパネスです。皮肉と失礼も、何よりも面白くて丁寧言語で彼らの現実と戦争の根源的な原因と黒幕の不条理が表す。その失敬な言語は狂言と比べたら根源的のさです,でも言語より、舞台衣装。ギリシャのぎげきは三本柱の上に立ち上がります:合体、食べ物、言葉の遊び。

 

古代喜劇の仮面。口は大きく開く、皮肉な表現で(公有写真)

 

主人公は、だいたい普通と簡単な人です、平和だけが欲しいのひと。それは狂言と古代喜劇の根源的の差です。戦争があったけど、女、お酒、食べ物、となりの人の小さい喧嘩、そしてもちろんお祭りのこと、全てなくなりました。ですから喜劇にそんななくなったことは現れると、人が笑うけど、前の時をおぼえます。市民の芸術ですから、政治的とブレイになった。狂言は貴族の芸術、ですから冗談は楽しいけど政治的ではない。

2017年ギリシャ国立劇場の「女の平和」。演出家:ミカイルマルマリノス。公演の間に女たちは裸になりましたと、直接観客に話かけました (写真:ギリシャ国立劇場報道官)

 

 

これは、喜劇と狂言の一般的なイメージです。次は「その②」の記事には喜劇と狂言の部分もっと調べましょう!

-Φ.

 

 

 

 

2019年05月03日 (金) 日々の出来事

桜の「作り物」

横浜では桜もすっかり新緑となりましたが、東北では満開のようですね。

実は横浜能楽堂の桜も今満開です。

というのは、「作り物」の桜がきれいになったのです!

 

「作り物」とは、一般的に使われる「模造品」「まがいもの」の意味ではなく、能や狂言で使用される松や鐘などの大道具のことを指します。

鐘や舟、大宮と呼ばれる「作り物」などは、上演の際に、出演者が竹でできた枠組みを組み立て、ぼうじと呼ばれる布で巻いたり、きれいな布をつけたりして作ります。松や桜、牡丹など木の「作り物」については、おおよそそのままで使用します。

 

↓こんな竹の枠組みを組み合わせたりしています。真ん中下にある白い布が「ぼうじ」です。

 

 

横浜能楽堂では、元々桜の木の「作り物」を所蔵していたのですが、花びらが色あせてしまい、5月25日に狂言「花盗人」で使用するということで、花びらを直してもらい、こんな風にきれいになりました。とっても華やかになり、嬉しい限りです。

 

 

桜の魅力に見せられてつい盗んでしまった僧のお話・狂言「花盗人」。

桜の「作り物」も出てきますので、ぜひ見に来てください。

公演詳細は↓

http://ynt.yafjp.org/schedule/

 

ぼたん

2019年03月23日 (土) 未分類

沖縄からのインターンシップ

沖縄県立芸術大学からインターンシップで3月14日~3月19日までの6日間お世話になりました。沖縄との環境の違いで戸惑うことも多くありましたが、横浜能楽堂職員の皆様にご指導いただきながら、最後まで楽しく研修を行うことができました。ありがとうございます。

今回、私は3月17日に開催された『バリアフリー能』に一部、スタッフとして参加いたしました。

このインターンシップを通して私が感じた事をお伝えしたいと思います。もっとも印象に残っているのは、公演終了後に行われた意見交換会でした。

今回は視覚障がいの方が対象でした。

*視覚障がいの方対象 意見交換会案内の看板↑

多くの方が集まり、活発な意見交換が行われていました。その勢いに私が圧倒され、自分自身の思っている事をみんなの前で勇気をもって発言できることに尊敬の念を抱きました。(私自身がなかなかできないので。)

また、視覚障がいの方の中にも、全盲、弱視と人それぞれで、ただ単純に点字や触図があれば良いという訳ではないという事を今回の意見交換会で知ることができました。すべての方の意見を一度に反映することは難しいですが、少しずつ改善していきながら可能な限りバリアフリーな公演が行えるようにしていけたら良いなと感じました。

意見交換会の様子↑

私は沖縄県立芸術大学の音楽学部で民俗音楽(地域の伝統芸能など)について学びながら、アートマネジメントについても学んでいます。

多くの人に芸能を楽しんで頂けるようにするためには何を行うべきかと日々考えています。横浜と沖縄では、地域文化や環境が少し異なるかもしれませんが、このインターンシップで得た知識や経験は必ず私自身の糧になると思っています。

沖縄で「バリアフリー能」のような障がいのある方もない方も、多くの人が楽しく心地よく鑑賞できるような舞台を企画制作できるように頑張ります。6日間という短い期間でしたが、大変お世話になりました。ありがとうございました。

〈南の島の住民〉

2019年03月08日 (金) 能楽関連

「能楽師(狂言方)が案内する横浜能楽堂見学と狂言ワークショップ」を開催しました。

平成31年2月23日(土)に「能楽師(狂言方)が案内する横浜能楽堂見学と狂言ワークショップ」を開催しました。案内役は狂言方大蔵流の山本則重師と弟さんの則秀師です。14:00の回23名、16:30の回29名、計52名の皆さまにご参加いただきました。本当にありがとうございました。当日の様子をご紹介します。

 

まずは第二舞台でご則重師のお話があり、体験は丁寧なご挨拶からスタート。

 

体験の最初は足の運びをやりました。狂言は歩行の芸術とも言われるほどで、こだわって、ていねいに、一歩をすすめることが大切だそうです。

 

続いて『しびり』という曲の「名乗り」の部分を則秀師のあとについて復唱。しっかりとお腹から声を出すことが大切、近くにいてうるさくなく、遠くでもよく聞こえるように、だそうです。また狂言の「名乗り」が地名や名前を特定しない抽象的な内容であるのは、特定しないで個性を消すことで、観客が出演者を通して、人間の普遍性を感じたり自分自身のことと捉えたりできるためだという説明がありました。「このあたりの者でござる」にはそんな深い理由があったんですね!

そして、「笑う」と「泣く」も体験してみました。どちらも皆さま元気いっぱいに声を出していました。「泣く」もとっても楽しそうでしたよ! 狂言の「笑う」と「泣く」は、なんだかその場の空気をとっても和やかで楽しいものにすると思いました。家庭や職場でのコミュニケーションに取り入れてはどうかと・・・。則重師は「笑う」ことに悪いことは何もないとおっしゃっていましたが、まさにそのとおりだなぁ~と思いました。

 

体験の後には、本舞台へ移動してお二人による狂言『しびり』を鑑賞。参加者のためだけのとても贅沢な鑑賞タイムでした。

 

そして楽屋裏へ移動して、能楽師(狂言方)の視点ならではの説明がありました。

シテ方、ワキ方、狂言方、囃子方の4つの楽屋は公演時には間仕切りの戸襖を開け放してあります。楽屋では演者さんは常に正座で皆さんの目が行き届いており、とても緊張感があるそうです。「舞台だけでなく舞台裏にも厳しい目があり、人の家の人の目がその人を育てる、いかに自分を律するか」という則重師のお言葉が印象的でした。

 

そして鏡の間から揚幕をくぐって、皆さまで橋がかりから本舞台へ歩をすすめました。

 

最期は第二舞台に戻り質問タイム、そして終了。

アンケートにはたくさん方にご協力いただきありがとうございました。ここに感想を少しご紹介します。

 

・身体を動かす。声を出す。見学。お話などに加え、狂言も一番拝見できるという盛りだくさんの内容で大変充実していました。もう少し時間が長くてもよい内容だったと思います。(60代男性)

・お話が分かりやすく興味深かった。初めて知ることがたくさんありました。足の運びがよく分かりました。(50代女性)

・舞台で動きや発声を体験させていただけたので、狂言も楽しく拝見いたしました。(50代女性)

・演者の視点からのお話に説得力があった。(40代男性)

・ほぼ知らない世界だったため、丁寧な解説、体験でより興味がわきました。(20代女性)

 

今回のワークショップでは、私自身も知らない内容を多く学ばせていただきました。芸能としての狂言としてだけではなく、日本人として知っておくべきいろいろなコトがぎっしり詰まった内容だったと思います。

 

今年度は「案内するシリーズ」企画としまして、「館長が案内する」、「シテ方が案内する」、「狂言方が案内する」、全3回を開催しました。アンケートでいただきましたご意見を参考に来年度の企画を検討していきますのでご期待ください。

 

はぜの木

 

 

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